大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3761号 判決

東京都荒川区日暮里町七丁目三九五番地

原告 コジマ印刷有限会社

右代表者代表取締役 小島利雄

右訴訟代理人弁護士 小川休衛

同都墨田区東駒形町三丁目一八番地

被告 原田君男

同所

同 原田延子

右両名訴訟代理人弁護士 長尾憲治

約束手形金請求事件

昭和三七年五月一一日口頭弁論終結

主文

一、原告会社に対し、

(一)  被告原田君男は、一六五、三〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月一三日から支払ずみに至る迄年六分の割合による金銭の支払をせよ。

(二)  被告原田延子は、東京墨田電話分局電話番号一、三九六号電話加入権につき、昭和三六年四月一一日同分局でなした移転登録の抹消登録手続をせよ。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

三、この判決は、第一項に限り仮りにこれを執行することができる。

事実

原告会社訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一  被告原田君男は、塚原聡に宛てて、(一)金額八六、〇〇〇円満期昭和三六年四月一〇日支払地及び振出地東京都墨田区支払場所中央信用金庫駒形支店振出日同年一月三〇日、(二)金額七九、三〇〇円満期昭和三六年四月一二日振出日同年二月一一日その他は(一)の約束手形と同様に記載した約束手形各一通を振出した。

二  そして塚原は、右(一)(二)の約束手形二通を原告会社に裏書譲渡し原告会社は、(一)の約束手形を横田浩に裏書譲渡し、同人は三菱銀行に取立委任のため裏書譲渡し、同銀行において満期に支払場所に右約束手形を支払のため呈示したが、被告君男は支払を拒絶した。そこで、原告会社は昭和三六年四月一一日右横田浩に(一)の手形金額と同額の金銭を支払つて、(一)の約束手形を受戻し、原告会社及び横田浩の前記各裏書を抹消して現にこれを所持する。

又原告会社は(二)の約束手形を松本浩に、同人は神田商工信用金庫に夫々裏書譲渡し、同金庫において、満期に支払場所に右約束手形を呈示して支払を求めたが、被告君男は支払を拒絶した。そこで、原告会社は昭和三六年四月一三日同金庫に(二)の約束手形金と同額の金銭を支払つて、これを受戻し、原告会社及び松本浩の前記各裏書を抹消して現に原告会社がこれを所持するものである。

三  よつて原告会社は、被告君男に対し右(一)(二)の各約束手形受戻金合計一六五、三〇〇円及びこれに対する最終の受戻の日である昭和三六年四月一三日から支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

四  仮りに、被告君男が前記約束手形二通を振出したものでないとしても、同被告は塚原聡及び佐藤文之と共同して玩具販売等の事業を営み、中央信用金庫駒形支店に、同被告名義の当座を開設し、これを塚原に使用させ、同人は以来被告振出名義の小切手等を作成し振出していたのであつて、本件約束手形二通も塚原聡が同被告の代理人又は機関として被告君男名義を以てこれを振出したものである。

五  仮りに、塚原が、被告君男のため、同被告名義の小切手振出の権限しか有しなかつたとしても、塚原が、被告君男名義の本件約束手形を振出したことについて、原告会社は、同人に小切手振出権限がある以上、約束手形をも振出す代理権があると信ずべき正当の事由がある。

従つて、右四、五の事実によつても、被告君男は、前記三のとおりの金銭の支払義務がある。

六  次に、被告君男は、もと東京都墨田電話局、電話番号一、三九六番の電話加入権者であつたところ、昭和三六年四月一一日その妻である、被告延子に右電話加入権を譲渡し、同日その移転登録手続を経由した。

けれども、被告延子は、被告君男と通謀し、原告会社の差押を免れるために、前記(一)の約束手形が不渡になつた翌日、(二)の約束手形が不渡になる前日に譲渡したものであつて、右譲渡及びこれに基く前記電話加入権移転登録手続は虚偽表示により無効である。

七  よつて、原告会社は、本件約束手形受戻金等債権を保全するため、被告君男に代位して、被告延子に対し、右電話加入権移転登録の抹消登録を求める。

八  被告の各抗弁事実を否認する。

と述べ、

証拠として≪省略≫

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一  請求原因第一項の事実を否認する。本件約束二通は、いずれも塚原聡が、被告君男名義を冒用して振出したものである。

二  同第二項事実を知らない。

三  同第四、五項の各事実を否認する。即ち、被告君男は、塚原聡に、約束手形振出の権限を付与したことがないし、又原告は、木幡政美から本件約束手形を取得したのであつて、塚原聡が被告君男のために約束手形を振出す代理権を有していたと信じてこれを取得したものでもない(民法第一一〇条の「第三者」に該らない)。仮りに「第三者」に該るとしても、原告は木幡政美の言を信用して右約束手形を取得したものであつて、塚原聡に右代理権ありと信ずべき正当の事由を有しないから、被告君男は、本件約束手形の支払義務を有しない。

四  同第六項前段の事実を認め、後段の事実を否認する。

被告君男が、被告延子に本件電話加入権を譲渡した経緯は、次のとおりである。即ち、被告延子の実妹北口豊子は、昭和三〇年頃から被告等のもとに同居し、その頃から結婚資金として、毎月一、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円を被告君男に預け積立てていた。しかるに、同被告は、昭和三四年一二月頃、被告延子及び豊子に無断で右積立預金約一〇万円を、自己資金と併わせ一五万円にした上、これを佐藤文之に貸付けた。そして、佐藤文之が、これを弁済しないでいるうち、豊子が昭和三六年三月頃二重作美由と婚約し同年五月二八日結婚式を挙げる運びになつた。そこで、被告君男は、被告延子及び豊子に、右無断濫用を責められた結果、被告延子の申出に従い、同年四月一一日同被告に本件電話加入権を譲渡し、そして被告延子は、同年同月一五日右電話加入権を担保として、上野正治から一〇万円を借用し、以て豊子の結婚支度を整えることができた。以上の次第であつて、被告君男は、真実被告延子に本件電話加入権を譲渡したものである。

五  抗弁として、

(一)  仮りに、被告君男に本件約束手形の支払義務があるとしても、塚原聡は、有限会社西丸商店に、本件約束手形を交付し、同会社から交換手続を取得したのであつて、本件約束手形二通の各裏書人塚原聡と被告裏書人原告会社との間には何ら原因関係がなく、従つて、原告会社は本件約束手形二通につき無権利者であるから、被告君男は原告会社に対しその支払義務がない。

(二)  仮りにそうでないとしても、原告会社は、昭和三六年六月二日塚原聡から本件約束手形二通の債権の代物弁済として、テツポーの型ジヤガー六〇を譲受け、これにより、本件約束手形債権は全額消滅した。

(三)  次に、仮りに本件電話加入権の譲渡が、原告主張のとおり虚偽表示により無効であるとしても、被告君男は、差押を免れるという不法目的のために被告延子にこれを譲渡したのであるから、被告延子に対して右不法な原因により給付した本件電話加入権の返還を請求しえず、従つて本件電話加入権移転登録の抹消登録手続を請求することができないから原告会社の前記代位請求は理由がない。

と述べ、

証拠として≪省略≫

理由

一  全証拠を以てしても、原告主張のような記載のある本件約束手形二通を、被告君男自身が振出した事実を認めることができないから、同被告自身が振出したことを前提とする請求原因第一項の事実は理由がない。

そこで、請求原因第四項の事実につき判断する。前掲乙第一、二号証並びに証人塚原聡≪省略≫を綜合すると、塚原聡は、昭和三五年頃、知人の佐藤文之と共同して、当時流行の玩具「ウインキー」等の製造販売を営むことを企図していたが、先に塚原聡が不渡処分を受けたため、当座預金契約を締結することができず、それに、資金の捻出に苦慮していた。そこで、同年八月末頃佐藤文之を通じて、同人の知人である被告君男に、右事業に対し約三〇万円を融資してこれに参加するよう依頼した。その後、塚原聡は、将来右事業によつて得べき利益金を被告君男及び佐藤文之に各二五パーセント、塚原聡に五〇パーセント分配することを提案した。被告君男は、その頃前記玩具等の購売市場が盛んであつて、塚原聡等に申出に従つて右事業に資本を投下しても、その回収が容易であるとの見通しをもつことができたばかりか、右割合による利益金の分配を得られることを考慮して、右融資申込に応ずることとし、更に同年九月中、塚原等に対し、その営業所とするため被告君男肩書店舗の一室を賃料一ヵ月三、〇〇〇円で賃貸することになつた。ただ、同被告は、現金五〇万円を直接塚原聡等に交付して貸付けることなく、同年八月中被告君男名義を以て中央信用金庫駒形支店に三〇万円を預金し、同金庫との間に当座取引契約を締結し、同金庫から交付を受けた小切手帳及び入金帳を塚原聡等に交付し、かつ前記賃貸事務所にあつた同被告の机上の印箱中に保管しておいた同被告の記名印及び印鑑(いずれも本件約束手形振出人欄に押捺されている印影の印果である。)を使用して、被告君男振出名義の小切手等を作成しこれを玩具製造代金の支払のために振出すことを許諾するという方法をとつた。

かくて、塚原聡、佐藤文之及び被告君男三名は、前記利益金分配案を黙示的に承認し、玩具組合関係に対する販売及び経理記帳等を、主として佐藤文之が、その他の販売先関係及び製造を塚原聡が担当し、被告君男名義の小切手は、同人等が代わる代わるこれを振出し、一応、右三名共同の形で前記玩具等の製造販売を開始した。そして、塚原聡等は、昭和三五年一一月一二、三日頃右営業の利益金のうちから、被告君男に前記貸金三〇万円を弁済したが、その際、同被告から格別の申出もないので、当座取引口座を依然従前のままとし、これに前記商品等の販売代金を預け入れ、従来どおり佐藤文之及び塚原聡が、被告君男名義の小切手を振出していた。更に同人等は、被告君男から当座取引口座の使用を許諾されている以上、小切手にとどまらず約束手形を振出しても差支えないものと考え、同被告名義の約束手形をも振出すようになつた。同年一二月末頃に至つて、販売不如意となつたため、玩具の製造を停止する一方材料代金等債務の支払のため被告君男名義の約束手形を振出し、その満期が到来する迄、手持商品の販売に専念し、よつて得た売上代金を右債務の一部弁済に充て、最後に残つた右代金債務合計凡そ、五、六〇万円の支払については、更に書替手形を振出し、或いは、手形割引の対価を得て、営業の危機を表面上湖塗していた。かようにして、昭和三六年二月中には、被告君男振出名義の書替手形及び割引のための手形は合計四〇ないし五〇通、金額合計約三〇〇万円に達していた。

本件約束手形二通は、このような状況のもとに、昭和三六年一月末頃から二月中にかけて、塚原聡が営業資金を捻出すべく、いずれも振出目的地、その他は原告主張のように記載して振出し、かつこれに裏書の上、玩具の製造下請をしていた木幡政美に交付し、これと交換に信用のある手形を入手してくれるよう同人に依頼したものである。

そして、被告君男は、昭和三六年二月二五日、同被告振出名義の約束手形が支払銀行に支払呈示されて始めて、前判示のような営業の実情を知り、かつ塚原聡等が、小切手の外に約束手形を振出していたことを知つて当惑し、同年三月一〇日頃同人等に対し、以後、被告君男名義の前記当座取引口座を使用すること及び被告君男振出名義の小切手等を振出すことを固く禁止し、更に、同被告は、前述のとおり、塚原等が、被告君男名義で小切手を振出し、代金の支払をすることを同人等に許容していたにも拘らず、敢えて、同人等、同被告の承諾を得ずに、同被告名義の手形小切手を振出したものであること、従つてその責任を、同人等において負うことを承認させ、同年三月一六日、同人等から、その旨を記載した念書を徴した。以上の各事実を認めることができる。この認定に反する証人佐藤文之、同瀬田悦宏の各証言及び被告君男本人尋問の結果は、当裁判所は採用しない。

そうすると、被告君男は、右当座取引契約締結に際し、かつ、その後も、塚原聡及び佐藤文之が、被告君男の当座預金契約の口座を自由に使用し、同被告振出名義の小切手及び手形を振出して、自己の取引上の債務を決済することを事前に包括的に許諾していたということができ、塚原聡は、右事前の許諾において、本件約束手形を振出したものである。ところで、自己の営業上の信用を他人に利用させる目的で、自己の氏名を使用すること及びこれを使用して特定の営業をすることを他人に許諾したものは、商法二三条の規定によつて、その他人と連帯して自己を営業主と誤認した相手方に対し連帯して責任を負わねばならない。尤も、手形を振出す行為は、絶対的商行為であると規定されてはいるが、本来営業性と直接の関係を有しないので、継続的な手形行為であつても、これを目して、右の「特定の営業をするとき」に該るということを得ない。しかしながら、営業上の信用が伴う自分の氏名を、他人に使用することを許諾したものは、右名板貸の場合を類推して、その他人が、自分名義でした取引の相手方に対し責任を負わねばならないと解するのが相当である(この場合、その他人は専ら、本人の信用に依存し、本人の署名の代行機関として、手形署名をしたということになる。)。本件の場合、被告君男は、全く前記当座取引口座を使用したことがなく、又、中途から、自ら出捐して、右口座に預金することを、しなくなつたのであるけれども、右事実は、いずれも、前記結論を左右しない。

二  抗弁(一)について。

証人木幡政美同塚原聡の各証言及び原告会社代表者本人尋問の結果によれば、木幡政美は、前記一に判示したとおり、塚原聡から、本件約束手形二通と引換えに交換手形を入手してくれるよう依頼を受けるや、予ねて信用を得ていた原告会社代表者小島利雄にその旨依頼したところ、同人は、これを快諾し、本件約束手形二通と交換に自分が、病気中の代表者に代つて実質上経営を担当していた有限会社西丸商店から、その振出名義の約束手形二通(その金額は、本件約束手形と同額、満期は本件約束手形のそれより若干遅れた日時である。)を借用し、これを木幡政美に交付し、同人はこれを塚原聡に引渡した。塚原聡は、これを他で割引いた上、その対価を同人等の前記営業のために費消した。そして、原告会社は右交換手形の各満期頃有限会社西丸商店のために手形金額を支払つて、その所持人から、右交換手形の返還を受けたことを、認めることができる。従つて、原告会社は、本件約束手形を有償で取得したことになり、被告抗弁のように、原告会社が塚原聡から、右約束手形二通の裏書譲渡を受けたことについて原因関係が存在しないとか、実体上無権利者であるということはできない。右抗弁は失当であつて排斥を免れない。

三  抗弁(二)について。

成立に争のない乙第六号証並びに証人塚原聡の証言によれば、原告会社代表者は、本件約束手形二通の外塚原聡の手形署名のある約束手形金額合計約一二〇万円を所持していたが、いずれも不渡になつたので、塚原聡にその支払を催促した結果、同人は昭和三六年六月二日朝野某を通じてテツポーの型を原告会社に引渡したことを認めることができる。しかしながら、右引渡が、本件約束手形金の弁済に代えてなされたものであるという被告の主張に沿う証人塚原聡の証言は原告会社代表者本人尋問の結果に照して採用し難く、乙第三ないし第五号証その他の証拠によつてもこれを認めるに足りない。却つて、前掲本人尋問の結果によると、右物件の引渡は本件約束手形金の支払方法と何等関係ないことを認めることができる。従つて、右抗弁は理由がなく排斥を免れない。

四  請求原因第六、第七項の主張(電話加入権移転登録抹消登録手続の請求原因)

同第六項前段の事実は、当事者間に争がない。甲第一、二号証中、成立に争のない添附の各符箋並びに前記一、に認定した各事実、被告等本人尋問の各結果(後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば被告君男は、昭和三六年二月下旬頃塚原聡が、同被告名義の約束手形を多数乱発していることを知つたので、その責任追及を免れるために、同年三月一日中央信用金庫駒形支店との間の当座取引契約を解約してしまつた。又、同被告は昭和三五年二月頃肩書住所地に所在する家屋を代金二八〇万円で買入れ右家屋で、株式会社商店を組織し洋服業を営んでいるのであるが、前記当座取引先である中央信用金庫その他近親から、右代金のうち約一八〇万円を借用し右金庫に対しては、右家屋に抵当権を設定していたので、その分割弁済に追われ、昭和三六年三月頃からは、その支払を遅滞するようになつた。他方被告延子は、同年三月頃には、被告君男から、塚原聡が同被告名義で多数約束手形を振出していたことを聞知していた。そこで、被告等は、昭和三六年四月一〇日本件約束手形のうち、金額八六、〇〇〇円一通が右取引銀行に支払呈示されるや、前記多数の約束手形の支払義務を追及されるのを恐れて翌四月一一日被告延子に、本件電話加入権を譲渡し、同日その移転登録手続をしてしまつたこと、を認めることができる。この認定に反する被告等本人尋問の各結果はたやすく採用し難い。被告等は、右電話加入権の譲渡原因について、縷々主張するけれども、主張のような譲渡原因に沿う証人二重作豊子の証言及び被告等本人尋問の各結果は、当裁判所の措信できないところである。してみれば、被告君男は、被告延子と合意の上、本件電話加入権の名義を被告延子名義に仮装登録したものであつて、右移転登録手続は無効というべきである。

五  被告の抗弁について。

けれども、前記認定のとおり、被告君男は、本件電話加入権が、原告会社等債権者から執行を受け、その所有に帰することを免れるために、被告延子と通謀の上本件電話加入権の登録名義を、被告延子名義に仮装登録しておくこととし、前記のとおりその移転登録手続を経由したものである。ところで、強制執行を免れるため財産を隠匿する行為は、刑法九六条の二の規定により犯罪とされるので、右行為が、公序良俗違反の可能性を増大したことは認めざるをえないが、これを以て、常に民法七〇八条の不法原因給付に当るということはできない(最高裁判所昭和二七年三月一八日判決民集六巻三二五頁参照)。刑法九六条の二は国家の強制執行権を保護法益とし、その実質的効果として、債権者のために債務者の一般財産を保全することを目的とする規定であるから、もし、隠匿した財産を不法原因給付として返還請求できず、従つて受領者の権利として帰属するものとするならば、却つて、右禁止規定の趣旨を蹂することに外ならない。したがつて、特段の事情のない限り、債権者の差押を免れるために隠匿した財産は、給付者から不当利得としてその返還を請求することができると解する。

これを、本件についてみると、右電話加入権の仮装登録行為につき、その抹消登録手続を許容すべからざる程度の不法性を帯有する事情が認められないから、被告君男は、被告延子に対し、右電話加入権移転登録の抹消登録請求権を有する次第であつて、従つて被告等の右抗弁は理由がない。

六  次に、原告会社が、補充権に基いて本件約束手形二通の振出日欄に原告会社主張の各日時を記載したこと、及び原告会社主張の請求原因第二項の事実は、前掲甲第一、二号証裏面の各記載、これに添付した前掲各符箋及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

以上認定したところによれば、被告君男は、原告会社に対し本件各約束手形の受戻金合計一六五、三〇〇円及びこれに対する最終の受戻の日である昭和三六年四月一三日から支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があり、被告延子は被告君男に対し、東京墨田電話分局電話番号一、三九六番の電話加入権につき、昭和三六年四年一一日同被告名義になした移転登録の抹消登録手続をすべき義務がある。

よつて、原告会社が被告君男に対し右受戻金等の支払及び同被告に代位して被告延子に対し右電話加入権移転登録の抹消登録手続を求める本件各請求は、いずれも正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担及び仮執行宣言について夫々民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文及び第一九六条第一項を適用し(仮執行宣言は、前記受戻金等の支払を求める部分に限る。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 三枝信義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例